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平成31年4月5日 桔梗だより 平成31年4月号(4月1日頒布)

3月の陰陽會の祭典および行事

33日 桃花神事 斎行


321日 春季祖霊祭 斎行



4月の陰陽會の祭典及び行事予定

43日 神武天皇遥拝式

429日 昭和祭


退位礼正殿の儀と剣璽等承継の儀の間に設けられた「皇位の空白」の意味

いよいよ四月一日には「新元号」が発表され、四月三十日には今上陛下の「退位礼正殿の儀」、翌日の五月一日には「即位礼正殿の儀」が行われます。

然しながら数多の保守系の有識者が新元号の発表の日が何故新帝陛下の下で行われないのか、また「退位」と「即位」が別々の日に行われるのか、「剣璽渡御(剣璽等承継)の儀」が今上陛下から新帝陛下に直接承継されないのか、また「退位」の真意についてなどに疑義を申し述べています。

そもそも新元号は新帝陛下の御名御璽によって制定されるべきものですが、御即位一か月前の四月一日に政府が公表し、即日に新帝陛下ではなく今上陛下が署名され、元号の政令施行日は五月一日と言う異常事態を生じさせました。

また二千年以上続いてきた天皇の皇位継承には「退位」と言う概念も語彙も存在しませんし先例が無いにも拘らず、「譲位」ではなく「退位」に拘泥したことには如何なる意味があるのでしょうか。

皇位継承には「崩御による践祚(即位)」か「譲位による受禅(即位)」のいずれかしかあり得ません。

政府の資料によると「退位礼正殿の儀」とは、天皇陛下が御退位に際し、御退位の事実を広く国民に明らかにすると共に、御退位前に最後に国民の代表(総理大臣)に会われるための式典であり、式典の概要は国民の代表としての総理大臣が皇室典範特例法の定めにより天皇陛下が御退位されることを申し上げ、天皇陛下に感謝を述べると共に、天皇陛下から国民に対してお言葉を賜ることとする、とあります。

本来「譲位」であるならば「宣命太夫」の存在が不可欠ですが、退位礼正殿の儀で宣命太夫は存在しません。

 歴代の「譲位」に於いては、「譲位の宣命(せんみょう)」つまり天皇の詔(みことのり)を奏上して宣言し、その瞬間に皇太子が天皇になられています。

 「譲位の宣命」とは、天皇と皇太子が同席される場で「天皇から皇太子に皇位が譲られた」と宣言をする儀式であり、この宣命の瞬間に皇位が継承されることになります。

 この宣命の後、引き続いて剣璽渡御の儀が行われ、皇位の御璽が新帝陛下に承継されることになります。

此処で重要なことは、剣璽が承継されて新帝陛下になられるのではなく、「譲位の宣命」の瞬間に新帝陛下が誕生されている事です。

 譲位ではなく崩御された場合には、崩御の瞬間に新帝陛下が即位されます。

皇室典範の第四条には、「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。」とあり、今上天皇は昭和天皇が崩御された瞬間に即位されました。

 この度の退位礼正殿の儀に於いては、政府は「宣命及び宣命使による宣読は行わない。総理の奉謝、天皇陛下のお言葉により、御退位が内外に明らかにされる。」としています。

 つまり今上陛下は「退位」されるだけで、皇太子殿下に「皇位が継承された」と言う宣言は一言もないと言う事になります。

更に、本来ならば天皇が崩御・譲位の直後に皇位継承者が践祚(天皇の御位に就かれる事)の際に皇位継承の証として剣と璽(勾玉)を受け継がれて新帝となられる儀式「剣璽渡御(剣璽等承継)の儀」が行われますが、この度は今上陛下から新帝陛下へ直接受け継がれるのではありません。

 政府と宮内庁は皇位継承に断じて時間的空白を設けないと言う絶対的な慣習を破壊して、「政教分離の原則」と称して退位と即位の間に「十七時間の時間的な断絶」を明らかに意図的に持ち込みました。

 政府はこの時間的空白については「剣璽は、御退位の儀式当日(平成三十一年四月三十日)には承継されない。剣璽等承継の儀は、新天皇陛下が御即位になる五月一日に行われる。」としています。

 天皇陛下は退位礼正殿の儀で「退位」されるだけであり、皇太子殿下は翌日まで即位される事なく、皇位は十七時間「空位」となるのです。

 「退位礼正殿の儀」に於いては天皇陛下から皇太子殿下への「皇位の承継」も「剣璽等の承継」も禁止され、皇位も剣璽も、一旦政府・宮内庁が預かって政府から新帝に承継させるという儀式に変質させられているのです。

 つまり、「神武天皇からの百二十五代の天皇は今上天皇の退位により廃帝とし、新帝陛下は神世から連綿と続く皇統とは無関係の国家と国民に認可された象徴としての天皇であることを明らかにする為の一連の儀式であると言わざると得ません。

 この一連の儀式の異常事態について、中川八洋筑波大学名誉教授は【天皇「退位」式は、〝廃帝〟と宣告する人民法廷: 〝譲位〟禁止の「四・三〇」は、憲法違反!】と言う著書で次の様に述べています。

 皇室が二千年間伝えてきた家法たる皇位継承法において、皇位継承は、二方式しかない。「前天皇の崩御による、新天皇の践祚」か、「前天皇の譲位による、新天皇の受禅」か、のいずれかである。すなわち、崩御/践祚/譲位/受禅という四語彙の、一つも用いられずに即位された天皇は、〝皇位継承により即位された天皇〟には成りえない。
 だが、二〇一七年の「退位」特例法は今上陛下の譲位と新天皇陛下の受禅を禁止している。「退位」「即位」を別々の日に行うことで、「四・三〇」式典は、今上陛下から「譲位」を剥奪し、〝廃帝〟と宣告する人民法廷となった。また、「受禅」を剥奪された新天皇陛下は、「五・一」式典において、第一二六代の天皇ではなく、国会・国民の許認可にもとづく新王朝の初代としての即位式に臨むことになる。

 強烈な内容ではありますが、確かに中川氏が指摘している通りであり、今回の皇位継承にまつわる一連の儀式はコミンテルンが画策した皇室の解体、共産革命の総仕上げではないのでしょうか。

 そもそも五月一日は「血のメーデー事件」が起きた忌まわしき日であり、そのような穢れた日を新帝陛下の御即位の日に選定するなど断固としてあってはならない筈です。

 政府・宮内庁主導によるこの度の歴史上あり得ない儀式によって、今上陛下は「退位礼正殿の儀」のお言葉と同時に御位を退かれ、皇太子殿下は宣命によって御位を承継されることなく、また天皇陛下から直接剣璽を承継されることはありません。

皇太子殿下は十七時間の皇位の空位の後に、一体何者によって御位と剣璽をお受けになられるのでしょうか。

 皇室の歴史上存在し得ない天皇の「退位」が造られ、二千年以上に亘って連綿と引き継がれてきた「天皇は辞める事は出来ず、譲位しか出来ない」と言う慣習が破壊され、十七時間と言う「皇位の断絶と空白」が強制的につくられました。

 また大嘗祭の経費削減目的で、宮内庁は会場規模を平成二年の大嘗祭に比べて縮小し、大嘗宮の一部を鉄骨造りのプレハブへ、屋根や柱も安価で調達しやすい素材、萱葺を板葺にするとの検討を展開すると示しましたが、鉄骨造りのプレハブなど前代未聞であり、また茅葺を板葺にするなどは言語道断です。

 神々が宿る神聖な木材を一部とはいえ鉄骨に変え、祭祀に於いて最も重要な「穢れを祓う」為に重要な萱を葺かずに板葺にすれば、大嘗祭と言う一世一度の最重要な祭祀に障りをもたらさないとも限りません。

 平成二十八年八月八日、天皇陛下が「高齢社会での皇位継承の在り方を考えてほしい」とのお言葉を述べられ、「譲位」を望まれた筈が、いつの間にか政府と宮内庁によって「退位」にすり替えられ、歴史上初めて皇位の空白の後に新帝陛下は御即位あそばされます。

 これは一体何を意味するのでしょうか。

 多くの国民が新元号に浮かれ騒ぎ、新帝陛下の御即位を寿ぐ中、水面下では着々と確実に天孫民族が神選民族と似非神選民族によって崩壊させられる、有史以来最大の危機に直面している可能性があるのであります。

(参照 ウィキペディア、「オノコロこころ定めて」)








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