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平成29年8月3日 桔梗だより 平成29年8月号(8月1日頒布)

8月の陰陽會の祭典及び行事予定

815日日  戦没者慰霊と世界平和祈願祭

天皇の宮中祭祀と呼応する国民の家庭祭祀

七月、八月はお盆の時期です。お盆の期間には祖霊が子孫や家族の元に帰って来るとされ、盆の入りには迎え火を焚き祖先の霊をお迎えし、盆明けには送り火を焚いて送ります。

一般的に「盆」とは仏教固有の行事の様に思われていますが、実は古来から伝わる日本固有の祖霊をお祀りする行事であり、農耕儀礼や道教・仏教などと習合して現在のような「お盆」として習俗化されました。一般の家庭では、家族や親戚が集まって祖霊を迎え、祖霊に対する報恩感謝を表してお祀りする行事として行われます。

お盆は宗教儀礼と言うよりも民族的な行事色が色濃いと思われますが、家庭での祖霊祭祀をはじめ神棚をお祀りするなどの敬神崇祖の儀礼は皇室をお手本として今日まで行われてきたと考えられます。

日本人は皇室をお手本として敬神崇祖を大切にしてきた民族ですが、昨今は核家族化や新興宗教、共産主義的な唯物思考などの悪影響によって祖神や祖霊に対する崇敬の念が薄れ、敬神崇祖の儀礼が失われてきたことで、日本民族は皇室を中心とした大家族であると言う意識が希薄になり、その結果日本民族としての意識が無くなり、単なる個人としてのバラバラの存在としてしか認識できなくなってきていると思われます。

そこで、改めて日本民族が古来より大切に守ってきた敬神崇祖の儀礼について考えてみたいと思います。

我が国は古来より「神国」あるいは「神州」とされています。

古事記にも記されているように我が日本国(豊葦原瑞穂国)は造化の神々によって造られた国であり、神々の後裔(子孫)である日の御子即ち歴代天皇によって、万世一系の連綿と続いてきた皇統によって統治されてきた国柄です。

その天皇によって統治される日本国民も、同じ祖神を持つと言う一体感によって、皇室を中心とした総合的な一大家族制度を形成した国家が我が日本国です。

つまり天孫降臨によって神々と日本国民は固く結びついており、我が日本国民が「神裔」であると言う認識も生じて来ました。

この様に我が国に在っては国の統治者である天皇からその臣民である国民に至るまで、一様に神の子孫であるという観念があることから、子孫として祖先の神々を祀ることも古来より当然の如く行われてきました。

このように古来から我が国の国風(くにぶり)として、「敬神崇祖」つまり神々を敬い、祖先を崇めることを大切にしてきました。

日本人は家に於いて神棚を奉斎して天照大御神をはじめ氏神様を敬い、祖霊舎や仏壇によって祖先を崇め、季節の年中行事を通して敬神や祖霊崇拝の祭儀を執り行い、鄭重にお祀りしてきました。

また人間の一生を節々に分け、母親のお腹に生命が宿った時の安産祈願に始まり誕生後の初宮、七五三など、幼い頃から氏神様を敬う精神を養うべく様々な人生儀礼を定めて其の都度神社にお参りし、健やかなる成長と感謝の念を氏神様に奉告してきました。

この敬神崇祖と言う神国の風儀の最大の実践者、厳修者こそが歴代の天皇ご自身であり、天皇のご日常は宮中祭祀を厳修すると言う敬神生活そのものの毎日であらせられます。

わが国は神のすゑなり神祀る 昔の手振り忘るなよゆめ

これは「神祇」と題してお詠みになられた明治天皇さまの御製です。

大意は「神々を祀る昔からの手振りを決して忘れてはならないし、神々の祭祀(まつり)は必ず斎み慎んで臨み、またそのことを怠ってはいけない」と言う意味です。

 手振りとは、風俗や習慣など外見的に視ることの出来る事柄(外に現れた形式)のことですが、神道に於ける祭祀と云うものはこの「形式」が大事な要素であり、その形式を誤ることなく違(たご)うことなく繰り返すことによって、その祭祀の内側に存在する最も大切な事柄である祭祀の根本的精神が次々に受け継がれ伝えられていくことになるのです。

よく、気持ちや思いさえあれば形式などどうでも良い、と言う考え方を耳にしますが、形式が無ければいずれは消滅してしまう可能性が高く、形式の中に思いを込める事で長く伝統として過去から未来へと長く繋がっていくのであり、形式は大変重要な事だと考えます。

皇室をはじめ日本国民が敬神崇祖の念をもって形式である祭祀を欠くことなく務める事によって、過去から連綿と受け継がれてきた伝統を子孫へと間違いなく引き継いでいき、また折々の祭儀を奉仕する事でそこに新たな生命力をも加えて行く事によって、日本民族の益々の繁栄が約束されているのです。

この敬神崇祖の念がこれまでの日本人の心に絶えることなく存在してきたからこそ、幾多の国難に遭遇した際にもその場を見事に乗り越えてきたのであり、日本の歴史上最大の危機であった大東亜戦争後の我が国が、今日のような経済的に繁栄した社会を迎える事が出来たのです。

しかしながら昨今、この伝統的美風である我が国の敬神崇祖の観念が消滅しかけ、日本民族としての意識が希薄となり、我が国は国家存亡の危機に晒されています。

このような我が国の根幹に関わる日本人の精神面の未曽有の危機に際して、この国難を乗り越える為には、今一度原点に立ち返る以外に道は残されていません。

つまり私達日本民族は、民族の祖神である天照大御神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に発せられた国造りの理想を再認識し、その理想に基づく国造りをするの外ないと言う事です。

その理想とは、高天原で天照大御神を中心とした神々が協調する世界を地上で再現すると言う事であり、それは即ち、天照大御神と高御産巣日神(たかみむすびのかみ)の二柱の神によって下された「三大神勅」あるいは「五大神勅」を踏襲すると云う事です。

これらのご神勅は宮中祭祀、神道(惟神の道)、また日本国の根幹を為しているものです。

御神勅には「天皇と国民の双方が敬神崇祖を怠るべからず」ということ、そして天皇は宮中祭祀によって国と国民の為に安寧と弥栄を祈り、国民は家庭祭祀によって天皇の安寧、国家の安泰を祈るという、天皇と国民が双方で祈り呼応し合う事で、日本と云う国、日本民族は天壌無窮(永遠)に栄え行くと言う事が示されているのです。

天皇は宮中三殿にて宮中祭祀を執り行っておられます。

宮中三殿とは賢所(かしこどころ)・皇霊殿(こうれいでん)・神殿(しんでん)の総称です。

賢所に於いては皇祖天照大御神が、皇霊殿に於いては歴代天皇・皇族の御霊が祀られており、崩御・薨去の一年後に合祀され、神殿に於いては天神地祇(てんじんちぎ・国中の神々)が祀られています。

この形は国民が一般的にお祭りする三社宮と形を同じくしています。

三社宮の中心の扉の内には天照皇大神宮(神宮大麻)の御札、 向かって右に産土神(氏神様)の御札、左に崇敬する神社の御札をお祀りします。

つまり宮中三殿の内の賢所が家庭の三社宮の天照皇大神宮の御札に、皇霊殿が産土神(祖霊)の御札に、神殿が崇敬する神社の御札にそれぞれ呼応しているのです。

ご神勅にある通り、天皇と国民がそれぞれ呼応して天照大御神、祖霊、天神地祇あるいは尊崇する神々をお祀りする事で、日本の国と国民は天壌無窮に栄え行くことをお示しになられているのです。

ところが近年、政教分離政策の下、宮内庁によって宮中祭祀は次々と簡略化、廃止されていき、国民の側も敬神崇祖の観念が廃れてきたことから神棚を奉斎する家庭が次々と無くなってきています。

我が国の国難突破の為には、今一度ご神勅を踏襲しなければならないと考えます。

つまり天皇と国民が呼応する国柄であることから、宮中祭祀が次々と簡略化、廃止される状況にあるならば、国民の側が家庭祭祀を復活させ、しっかりと神まつりを行えば、自ずと宮中祭祀も復活の兆しを見せることでありましょうし、様々な宮中祭祀を復活させることが出来るならば、国民の神まつりも一層盛んになっていくことでしょう。

天皇と国民の双方が呼応した神まつりが為されると言う事は、敬神崇祖の儀礼を通して惟神の道が実践されることであり、それは即ち天孫降臨の時の高天原で天照大御神を中心とした神々が協調する世界、つまり惟神の道を地上で再現するという国造りの理想が実現し、我が国は繁栄し続けることになるのです。

お盆の時期に、日本民族が古(いにしえ)から伝え守ってきた祖霊に対する報恩感謝の儀礼を通して、改めて敬神崇祖について考えて頂ければ幸いです。

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