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1.神葬祭

近年、葬儀の在り方、先祖の祀り方について様々な考え方が現れてきて、日本の伝統的な祖霊信仰から逸脱し、現代人の勝手な解釈で葬儀が行われたり、 祖霊のお祀りを簡略化あるいは放棄しているケースがしばしば見受けられます。

葬儀の方法や先祖の祀り方はその地方独特の慣習などがありますので、一つの方法を固定的に決めつけることは出来ませんが、伝統文化として引き継がれてきている形であるならば問題の無いことと思います。

いずれにしても人の生命は悠久の時代の神々や祖先から戴いて受け継がれてきたものであり、人が身罷(みまか)った時にはその御霊(みたま)はそれぞれの祭儀を通して鎮め奉ることで祖先の許へ導かれて祖霊の一員となり、やがては氏神様となられます。

また遷霊(せんれい)祭によって霊璽(れいじ)・御霊代(みたましろ・仏式での位牌に相当する)に故人の御霊が遷され、やがて祖霊舎(それいしゃ・みたまや)に祀られ、祖霊の一員となられて子々孫々の繁栄と幸福を齎(もたら)す見守る神となられます。

人が誕生する前の安産祈願に始まり、誕生後の初宮など人生の折々に行われる人生儀礼の中で、その最後を飾る最も大切な儀礼が「葬儀」であり、神道の形式に則って行われる葬儀が神葬祭です。

神葬祭は天神地祇(あまつかみくにつかみ)を対象とした敬神の祭祀ではなく、故人(死者)を対象とした先祖崇拝の祭祀です。

江戸時代に伊勢豊受大神宮の祠官(しかん)であった中西直方(なかにしなおかた)は、次のような歌を詠んでいます。

日の本に生れ出でにし益人(ますびと)は 神より出でて神に入るなり

この世の私達は元々神から生れ出たのだから、死によって神の御許に帰っていくのだと云うことです。神道の死生観は日本独自の信仰として育まれてきた先祖観を生成発展の産霊(むすび)の信仰で説明するものです。

神葬祭の本義は産土神(うぶすなのかみ)の御許に帰る帰幽奉告の儀から始まり、故人の御霊を亡骸から霊璽に移し、仮祖霊舎に安置する遷霊祭を営み、葬儀の後は翌日祭、十日毎の5回の毎十日祭が霊前、墓前でそれぞれ営まれ、 忌明けの五十日(いそか・いか)祭、あるいは百日(ももか)祭、一年祭に清祓の儀を行い、仮祖霊舎に祀ってあった霊璽を祖霊舎に合祀(ごうし)し、一年祭までの間には新御霊祭(あらみたまさい)・新盆祭あるいは春秋の彼岸の霊祭を営み、先祖累代の祖霊に対し子孫である我々が、追慕追遠の誠心を捧げて孝敬の誠を致すのが慣わしとなっています。

帰幽奉告(きゆうほうこく)祭から始まる一連の神葬祭の祭儀は、一年祭を迎えるまでの間、死後直後の荒魂(あらみたま)を数々の葬送儀礼で鎮め祀り、節目節目のお祀りを鄭重に執り行う事で荒魂を鎮めに鎮める為に営まれる祭祀です。

一年祭までの間の御霊は常世や黄泉の国に帰ろうとも、いつ祟り神に転じるともわからない不安定な御霊である為に、数々の祭祀を鄭重に執り行う事で少しずつ鎮まって頂き、一年祭、三年祭、五年祭と年祭を営み、且つ又、正月、盆、更には春秋の彼岸の霊祭によって御霊を鎮め祀ることで、やがては和魂(にぎみたま)・幸魂(さきみたま)となし、百年祭に至っては奇魂(くしみたま)となして神上がられ、氏神様となられるのです。

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